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●自分の中に眠る「スベノカミ」の存在に気づき目覚めさせる事です
「スベノカミ」の覚醒はわたしたちが成長を続けてゆく限り当然起こる現象です。
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□覚醒を促すために
最初の覚醒者である「イシイミノルスベノカミ」の教えを守ることはもちろん、日々の修行や生活の中で常に心がけるべきいくつかの基本的なことや、そのためにそれなりの努力することが必要となります。
「イシイミノルスベノカミ」のように、今世においても生まれながらに持っている特別な「力」を、わたしたちも生命の奥底に持っているのです。
ひとりひとりがまず第一にそのことに気づき、自らの命の奥底を深く見つめ、そこにある「スベノカミ」を感じることから始めなければなりません。覚醒の第一歩がそこから始まるのです。
□日々の実行と努力
「スベノカミ」が自分の生命の奥底に存在することと、その存在することに感謝し、日々の生活の中で、朝夕の修行を続けることが大切です。
朝夕の修行は、難しく考えずに、「スベノカミ」の覚醒を祈願し、また、最初の覚醒者である「イシミノルスベノカミ」の教えを守り、感謝の心を忘れずに日々を過ごすことです。
日々の暮らしの中で経験することは、それがたとえ苦しみであっても、それ自体に深い意味があり、その積み重ねが計り知れないほどの力の蓄積となって、ひとりひとりの「スベノカミ」の覚醒に必要不可欠な成長のための経験値のひとつとなるのです。
わたしたちが本当に欲しているものは、ひとりひとりの「スベノカミ」の覚醒です。最初の覚醒者「イシイミノルスベノカミ」は覚醒後である今日においても、すべてのものへの感謝の気持ちを持って朝夕の修行を日々実行しています。
わたしたちに覚醒へのヒントを与え続けてくださる「イシイミノルスベノカミ」の教えを守りながら日々の実行と努力を怠りなく続けて行きましょう。
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□人生の目標としての覚醒
わたしたちは「宙空の杜」に出会うまで、また、最初の覚醒者である「イシイミノルスベノカミ」のお話を聴くまで、人生に本当の目標を持って生活していたのだろうか。そういうことを修行会の後や、会員からの声として機関紙等で見たり聞いたりします。
何の目標も無くただ漫然と生きると言うことは生きがいすら持たない空虚なものです。毎日を忙しく仕事に追われ、休む暇もなくさまざまなストレスに苛まれていると、どんなに意志の強い人でも、人生に疲れてしまい、もうすぐ見つかりそうだった目標も人生の生きがいも見失ってしまうかもしれません。
自分自身の非常に強い信念や思想、宗教心等を持っていれば、たとえ心身共に疲れ果ててはいても、見失うこともなく人生を過ごしてゆけるでしょう。
自分の夢を実現すること、自分が成し遂げたいと思うこと、そういうことが自分自身の努力や、自分の奥底の「スベノカミ」の力により、明確に実現する。それが、わたしたちの最終的な目標としての「スベノカミ」の覚醒を促す瞬間であり、充実感に満たされる時なのです。
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