□御利益を得るために 困ったときの神頼みと良く言いますが、神社やお寺でお参りした後に願い事が叶ったりすると、「何々様の御利益があった」というような表現をします。そういうことから考えても、わたしたちが「御利益」というものの存在を否定することなく、当たり前のものとして受け入れていることになります。 それでは「御利益」とはいったいどのようなものなのでしょうか。 一生懸命に努力をしても何ひとつ報われない。また、自分は運が悪いので、何もやる気がおきない。将来に夢や希望がもてない。
このようにあきらめることは非常に簡単なことですが、そんなに簡単に自分の夢や希望をあきらめてしまっても良いのでしょうか? 御利益とは、自分の目標とすること望むことを修行により実現させることです。 まだ覚醒していない自分の中に眠る「スベノカミ」に願うことで御利益があるのでしょうか、という質問をする方が多くいます。「スベノカミ」に願い、自分の目標をクリアしようと修行をすることが、「スベノカミ」の覚醒を促すことにつながり、「スベノカミ」からの御利益が自然とあらわれてくるのです。 自分の内奥の「スベノカミ」の覚醒を願い、修行をし続けるとともに、「イシイミノルスベノカミ」のエネルギーをお分けしていただくことで御利益を得られるのです。 |
| |
□御利益を得た後で 最初の覚醒者である「イシイミノルスベノカミ」の教えと、わたしたちひとりひとりの「スベノカミ」の覚醒を信じて日々を過ごし、自分の願い事や、夢や希望が叶ったときには、これまで自分の行ってきたことが成就した喜びと、「スベノカミ」の覚醒にまた一歩近づいたということを実感できることと思います。 わたしたちは「スベノカミ」の覚醒という目標をもって生活していますが、それでも日々の修行を含む生活は、どこまでも順風満帆にすぎて行くというものではありません。わたしたちを取りまく社会にはさまざまな障害があり、ほんの少しでも気を抜くとたちまちにして、今まで培ってきた努力の日々が崩れてしまうこともあります。 そういう日常の中で、自分の思い描いていたものがひとつひとつ実現していくということは、実にすばらしいことなのです。 ひとりひとりの内奥に宿る「スベノカミ」の覚醒過程で得られた御利益は本人の努力の成果だと改めて確認出来ます。と同時にそこに導いてくれた「イシイミノルスベノカミ」への感謝をすることにより更なる御利益と各自の「スベノカミ」の覚醒に近づくために修業を続けることが大切なのです。 |
| |
|